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ことば探し
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■「今日のことば」カレンダー 2019年10月■
2019年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2018年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2017年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2016年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2015年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2014年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2013年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2012年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2011年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2010年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2009年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2008年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2007年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2006年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2005年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2004年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2003年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2002年 : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 
2001年 : 11 12 

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2019-10-30 width=22
写真家の土門拳さん(1909年〜1990年)は、
日本文化の美をカメラで追求するとともに、
ファインダーから数多くの人物を観察し、
すばらしい写真を残しました。

その写真集のなかに、
「気力は目にでる。
 生活は顔にでる。
 教養は声に出る。
 心に秘めたる感情は口のまわりに出る。
 年齢は後ろ姿に出る。
 そして悲しみも…」
という名文句があったと記憶しています。
本人は気がつかなくても、
心が外面に出てしまうものなのです。

誠実さや謙虚さ、熱意や品位などのプラス面も、
また横柄さや尊大さ、やる気のなさなどのマイナス面も、
態度を見れば誰にでもわかるので油断ができません。

相手に不快な感じを与えたり、反感をもたれるような
態度であったとしたら、どんなによい話を準備しても、
その効果はなくなるか、馨しく低下してしまいます。
 
2019-10-29 width=22
自分の愚かさも認めてあげよ。
(鎌倉時代の禅僧 道元)

誰にだっていただけないところはあります。
しかし、それは時と場合によって、
その人の大きな魅力になります。

たとえば、
会議で自分の意見を言えないことで悩んでいれば、
「それだけ周囲との調和を大切にしている証拠で、
 これも自分の魅力の1つだ」
と受け入れてしまうのです。
そうすれば、自分を責め立てることもなくなるだろうし、
不快感が身体の奥底から溶け出すのを痛感することでしょう。
 
2019-10-28 width=22
他人に汝の秘密を守らせんとせば、
まず汝自身が守れ。
(古代ローマの哲学者 セネカ)

哲学者、セネカにまつわるエピソードを紹介しましょう。
あるとき、セネカにとても優秀な助手がつきました。
ところが一ヶ月もたたないうちに、
セネカはその助手を解雇してしまいます。
友人がセネカにその理由を尋ねると、
セネカは次のように答えたのです。

「あの助手は確かに優秀だったが、信用できなかった。
 彼は私と雑談すると、決まって
 「ここだけの話ですが」と前置きして、他人の秘密を口にした。
 本来、私が知ってはならないようなことまでもね。
 ということは私だって陰でどう言われているかわからない。
 「ここだけの話ですが、セネカ先生は……」
 といったように。
 だから解雇したのだ」
 
2019-10-25 width=22
・どうせ、宝くじなんか当たらないよ。
・給料なんか、下がる一方だよ。
みなさんの周りには、この「どうせ」や
「なんか」などの「余計な一言」を使って、
周囲を陰々滅々とさせている人はいませんか?(略)

また、自分が主語になり、
さきほどの「どうせ」が付くと
やはりマイナス思考を表すことばとなってしまいます。
「どうせ俺なんか」と言っている人のところに
いい仕事はやってきません。

私自身も、基本的にそれほど楽観的な性格ではないのですが、
最近は「とにかく勧められたらなんでもやってみよう」
「きっとなんとかなる」と何ごとにもチャレンジしています。

もちろん、すべてが順調に進み良好な結果をもたらして
くれるわけではなく失敗も多いですし、
手が回らずほかの人に迷惑をかけることもありますが、
「私なんか」と思っていた頃よりも、
多くの仕事を任されるようになりました。
自分にとって「なんか」や「どうせ」が、
まさに「余計な一言」だったようです。
みなさんも、自分を縛っている
「余計な一言」を止めてみませんか?
 
2019-10-24 width=22
100点を基準にすると、
どんなに頑張ってもマイナス評価になるが、
0点を基準にすれば、
たいていのことはプラスに評価できる。

和田浩
 
2019-10-23 width=22
職場の上司からきつくいわれた、
近所の奥さんから嫌味をいわれた、
母親が優秀な弟と自分を比べてもっと頑張れという、
など悩みは尽きず、それで落ちこんじゃった式で、
相談に来られる人は、毎日たくさんおられる。

そんなとき、人気漫画家、
蛭子能収(えびすよしかず)の日めくりカレンダーと、
このことばを紹介する。

「みんなおせっかいなこと言ってくるし、
 嫌味を言われることもあるけど、
でも言うのは自由だからさ。
 それを止めることはできないんだよ。
 他人はそもそも嫌なことを言ってくるもの。
 自分が言ってほしいことは言わないものだと最初から
 思っていた方がいいですよ」
(「生きるのが楽になる まいにち蛭子さん」PARCO出版)
 
2019-10-21 width=22
身体の痛みを伴うこと、
つまり暴力は、目に見えるから禁止できる。
しかし、心に傷を与えないようにするのは難しい。
必ずしも目に見えないからである。
しかも痛みに対する感受性は、
人によって違うこともわかっている。

同じ傷でも、耐えられる人と耐えられない人がいる。
痛がる人と、そう痛がらない人がいる。
その2つがあるということは、進化の過程で、
そのどちらにもそれなりの意味があったということであろう。

戦前か戦中なら、身体の痛みは徹底的に我慢しろと教えた。
戦後は徹底的に傷みは避けよ、与えるな、と教える。
どちらも極端であろう。
実情はその中間に落ちる。
私は半分生きているが、半分はもう死んでいる。
 
2019-10-18 width=22
目を三角にして他人のウソをとがめても仕方がない。
でもウソはつかないほうがいい。
あとで話がいろいろ面倒になる。
個人のウソは憎めないことが多い。

でも組織のウソはいただけませんなあ。
だからウソをつかざるをえない地位には就きたくない。
現役のころ、科学研究費を申請する書類を
書かないことに決めた。だって、
「この研究の有用性」などという項目があって、
そんなもの、結果が出てみなけりゃわからない。
あえてそれを書く。
そういうことを繰り返していると、ウソをつく癖がつく。
そう思ったから、私は申請書を書くのをやめた。
でもそうすれば、当然ながら研究費はもらえない。

社会システムが、時と場合によっては、
こういうふうにウソを強要しているのも事実である。
それに個人で反抗すれば、それなりに損をする。
でも捨てる神があれば、拾う神がある。
私はそれでも生き延びてきたから、
拾う神がいたのであろう。

目先の得だけ考える。
この習慣をやめれば、
社会のウソはずいぶん減ると思いますよ。
 
2019-10-16 width=22
♀「血液型、何型?」
♂「AB型だけど…」
♀「あ〜やっぱりね、そうだと思った、きゃははは」
♂「……(何だよ)」

こんなふうに十把一からげにされると
不愉快になるのは、個人の人格や性格を無視して、
「AB型はこういう性格」と決めつけられるからだ。
まるで「その他大勢」としてくくられるような気になる。

「まあ、あなたは普通レベルの社員ですね」
と言われると、とても馬鹿にされた気がする。
男性なら「あなたって普通の人よね」と女性に言われたら、
ショックでしばらく立ち直れないはずだ。
このように「特別でないこと」を意味する言葉は、
ポイズンワード(毒ワード、ネガティブワード)となる。
 
2019-10-15 width=22
コミュニケーションは、
ひと手間かけた者が勝つ!

他者とのより良いコミュニケーションを目指すなら、
言葉は慎重に選ぶべきだ。
思いつくままに言葉をはき出すのではなく、
「いかに良いコミュニケーションをするか」
「良いコミュニケーションのためにこのセリフは有効か」
という観点から言葉を選ぶ必要がある。
たとえば、手の届かない位置にあるグラスを
取ってもらいたいとき。(以下の一部略)

×「そのグラス取って」(ぶっきらぼうに)
○「○○さん、たいへん申し訳ないのですが、
  そのグラスを取ってもらえますか?」

良好な人間関係が築けない人は(○のような一言を添える)
このひと手間がかけらないのである。
相手が何かをしてくれたら、
ひと言「ありがとう」と言えばいい。

それなのに、
「やってくれて当たり前なのだから礼など言う必要はない」
などと考えて素直な「ありがとう」が言えない。
ほんのひと言のセリフが出るか出ないかによって、
人に与える印象は大きく変わるのだ。
 
2019-10-11 width=22
フルマラソンに参加し、めでたくゴールインした後、
ゴールの場所が間違っていたので、
あと5キロメートル走らないと完走したことにならない
と言われたら、ほとんどの人が「ふざけるな!」
と言って、カッとなってしまうのでしょう。

ゴールしたと思って一度オフになった脳を、
改めてオンにするのは、かなりのエネルギーが必要です。
脳はそれを嫌がって、イライラのサインを送ってきます。

では、こういう形でイライラしないようにするには、
どうすればいいのでしょうか?
それは、自分の中にある想定内の範囲を広げていくことです。
どんなことが起きようが想定内のことであれば、
イラッとすることはありません。

誰かと話していて、なかなか理解してもらえないときに
イライラしそうになったら、
「すぐに理解してもらえないのは想定内」のこととして、
イライラしないように自分に言い聞かせます。

このように気持ちを落ち着かせることができれば、
「もしかしたら、自分の説明が下手なのではないか」
と、冷静な姿勢を保つことができるはずです。
 
2019-10-10 width=22
師匠立川談志の晩年の口癖は、
「愚痴ってとても大事なんだよな」
というものでした。

愚鈍の「愚」と、痴情の「痴」という、
忌み嫌うべき言葉が2つも用いられている「愚痴」。
たしかに、嫌な響きではありますが、
「人間には、こんな唾棄(だき)すべきような言動があるから、
 それでガス抜きにもなり、日常を円満に送ることが
 できるんだ」
ということを師匠を言いたかったのでしょう。(略)

身体の老廃物同様、
自慢話、愚痴、悪口は「心の澱(おり)」ともいえます。
自慢話も愚痴も悪口も、程度の問題はありますが、
日常生活上、誰にとっても不可避なものといえるはずです。

この3つをのべつ垂れ流していれば、
そりゃ誰も寄りつかなくなるのは目に見えていますが、
避けられない以上、上手に向き合うようにしたほうがいい
というのが、談志曰く
「愚痴ってとても大事なんだよな」
ではないでしょうか。

便秘が病気の引き金になる可能性があるように、
嫌うあまりに、「精神的な便秘」
になってしまうのも怖いと思います。
生活するば、ゴミが出るのは当然です。
 
2019-10-09 width=22
「これ」が「あれ」を生む。
あるヨガの達人の言葉に、
「これをつかめば、あれをつかむ」
というのがある。
まったくそのとおりだ。

すべての「これ」には、「あれ」がともなう。
「あれ」は、必ずしもネガティブなものではないが、
常に「これ」と同じ重みを持っている。

たとえば、あなたの目標が名声だとすれば、そこには、
有名人としての生活の不自由さがからんでくる。
大きな富を手にすれば、それを守る必要が生じるし、
昇進すれば、責任が重くなってプレッシャーもきつくなる。
企業家になることには、必ずリスクがつきまとう。

よいことがにも必ず悪い面がある、と言っているのではない。
私が言いたいのは、選択の後には必ず、
断ち切ることのできない変化がついてくる、ということだ。
 
2019-10-08 width=22
義務は、いやいやするものではなく、
気持ちよく受け入れるものです。そして、
決められたルールの中で、自分の役割を果たすことは、
グループや組織、そして社会に貢献することです。(略)

義務を怠る人は、
それが小さいものでも大きなものでも、
社会的なものであっても、プライベートなことでも、
きちんと自分の役割を果たすことができません。
心の中で、義務に対して反抗する思いがあるからです。

仕事や役割がどんなものであっても、
正確に、心を集中して取り組むように心がければ、
わがままなずるい考えは、心から消えるでしょう。
そうした心の態度は、真実に向かって、
自分を大きく前進させることになります。

精神的に優れた人は、
たとえ「義務」であっても、
自分の仕事や役割は、責任を持って、
より良く果たそうと力を注ぐものです。
 
2019-10-07 width=22
師匠の立川談志を、才能の人と評する人もいますが、
周辺の大多数の人は、努力の人だと言います。
学歴コンプレックスのなせる業、とにかく
よく勉強していたと、みな口を揃えるのです。(略)

後年、談志は高座でこう言うようになりました。
「勉強しろと言ってもしねえやつはしねえよ。
 勉強するなと言ってもするやつは隠れてでもするんだ」
と。

勉強を仕事や努力という言葉に置き換えるとより
わかりやすいかもしれません。
する人はするし、しない人はしない、
という事実があるのみです。

成功を夢見るのに努力はいりません。
しかし成功を手に入れるには、
人のできない努力をしなければなりません。
 
2019-10-04 width=22
わたしは、ひとりの時間が好きです。
自分勝手だと思われていいの。
子どもが家を出て行き、
二度と一緒に住みたがらないと言って、
寂しがっているおかあさん達。

ちょっと周りを見回してごらんなさい。
やろうと思えばできる楽しいことが、
たくさんありますよ。

人生、長くはないんですもの。
うかうかしていると、
何もできないうちに終わってしまうわ。
 
2019-10-03 width=22
「ご隠居さん、ここから、西へどこまでも、
 ずっーとまっすぐに行くてーと、いってぇ、
 どこへ行くもんでしょうかねえ?」
落語の中で、八つぁんが、
もの知りのご隠居さんに尋ねているシーンです。

隠居「それは、西の果てに行きつくな」
八 「その果ててえやつを乗り越えて、まだ、
   どんどん西へ行くってえと、どこへいきますかい?」
隠居「しまいには、底なしの谷にぶつかってな、
   そこから先へはもう行けない」
八 「その谷を、なんとか乗り越えて、どんどん
   西へ行くと、どうなりますかい?」
隠居「しまいには、高い塀があって、もう進めない」
八 「そこをなんとか乗り越えて、どんどん
   西へいくと、どうなるんで?」
隠居「うーん」

と、ご隠居さんは大いに弱ってしまいます。
なぜ、ご隠居さんが弱ってしまうかというと、
それは、素直に「解らない」と言えないからです。
なぜ、解らないと言えないかというと、
知らないと言うことは、「もの知り」の
沽券にかかわると思っているからです。

しかし、これは
落語の世界にかぎったことではないのです。
解らないことを解らないと素直に言えないヤカラは、
いい大人の世界にもいくらでもいるのです。

われわれ人間が、自分自身の能力の限界について、
謙虚に考慮をめぐらせば、むしろ知らないことの方が、
知っていることより、はるかに多いにことに
気がつくのではないでしょうか。(略)

あるがままに見て、
「自分は知らない」あるいは
「自分には解る能力がない」と理解したら、
素直に「解りません」という答えが出す方がよろしい。