年間で高いポイントだったことばです。
みなさまは、何か特にこころに残ったことばありましたか?
よろしければ、みなさまが影響を受けたことばを教えていただけると
嬉しいです。ぜひ、教えてくださいませ!
メールはコチラへ→
「メールを送る」
言葉が穏やかなのは、心が穏やかだからです。
心がすさんでいる人は、言葉もすさんでいます。
言葉は心から、心は言葉からでるものなんです。
どんなに心が波立っていても、
言葉を穏やかにしてみると、
心も穏やかになっていくんです。
誰にでも、自分に合った扉が必ずある。
ときには「これだ」と思っていた扉が
閉ざされるしまうこともあるだろう。
しかし、その扉が閉じてしまったことは、
どこかにもっと自分にふさわしい扉があるということだ。
1つの扉が閉じる。
けれども、
それが世界の終わりではないのだ。
「言っていること」と「行っていること」が
矛盾している人がいます。
そのときは、その人の言葉を聞くのをやめて、
その人の行動だけを見ていると、
その人の本当の目的がわかります。
言葉が、その人の本当の気持ちを表しているとは限りません。
自分への非難や攻撃を避け、あるいは相手を
自分の思うように動かすために使われることがあります。
また、こうありたい、あるいはこうなりたいという
決意や願望を表すのにも使われることもあるのです。
他方、行動は、短期的には、あるいは少数の人の前では、
意識的にとりつくろうことはできますが、
長期的に、また多数の人に対して
ごまかすことはむずかしいのです。
直線が“最短距離”とはかぎらない。
この地球上においては、何事もスムーズな
直線では進まないということです。
時に歩みを止め、
時に逆行しながら進んでいくのです。(略)
潮が満ちてくる時、それは引いては返しながら、
少しずつ進んでいきます。
木の成長過程では、季節によって葉を落としながら、
そのたびに少しずつ縦に大きく伸びていきます。
葉を失い、自然と戦いながら、
木は大きく成長するのです。
ですから地球上の自然現象においては、
後戻りするように見えることも、
実は成長過程の1つの段階なのです。
人は自分の心にしたがい、
全身全霊で「可能性」に賭けるならば、
冒すべき危険は恐れるよりもずっと小さなものである。
真に避けるべき最大の危険は、
人生を棒にふることではないだろうか。(略)
人間は試してみなければ、
自分がどこまでできるかわからない。
けっして、わからない。
試してみるのに必要なのは、勇気である。
もし、あなたがなかなか自分自身の道が開けてこないと
いうことで悩んでいるなら、まだ当分というか、
これからもずっと、あきらめないでほしい。
あなたにとっては、ただたんに時が熟していないと
いうことだけのことなのかもしれないからだ。
それぞれに時が熟する時期がある。
それはいつなのか、わたしたちは自分でそのときを
見定めることはできない。
できるのは唯一、あきらめないことだけなのだ。
時が熟するまでに随分と時間がかかることがある。
一夜で熟する果実もあれば、長く風雪に耐えて、
やっと熟する果実もある。
あなただけの“時”がきっとくる。
エネルギーがなくなると、前に進めなくなってしまう。
バッテリーが空で走れるだろうか?(略)
とにかく、「自分をよみがえらせてくれるもの」に
敏感になることだ。
毎日の生活の最低でも1つ、自分にエネルギーを
与えてくれるものを組み入れよう。
自分自身をチェックして、エネルギー切れの信号が
でていないか注意しよう。
疲れやストレス、頭痛や意欲の低下が危険サインだ。(略)
充電の時間がないと言いわけをしている自分に気づいたら、
自分のためを考えるのは自分しかいないのだ、
ということを思い出すこと。
批判的な人と付き合うと、自分も批判的になります。
幸せな人たちと付き合うと、幸せについて学ぶでしょう。
だらしない人たちと付き合うと、
自分の生活もだらしくなくなるのです。
熱意あふれる人たちと付き合うと、自分も熱意あふれてくる。
冒険好きな人たちといると、ついつい冒険好きになるし、
裕福な人たちといると、刺激を受けて
自分も裕福になろうとする、これが人間です。
つまり、私たちは人生に求めるものを自分で決め、
それに応じて仲間を選ぶ必要があるということです。
あなたはこんな風に言うかも知れません。
「それはひと苦労だ。気まずい思いをするかもしれない。
今の仲間のうち何人かは、気を悪くするだろう」
その通りです。
でも、あなたの人生がかかっているのですから。
あなたが今までどんな人生を送ってきたか、そして、
現在どんな生活を送っているかは、重要ではない。
大事なのは、今から踏み出す道のほうだ。
なぜなら、
あなたが今までにどんな成功や失敗をしたかは、
まったくどうでもいいことだからだ。
肝心なのは、あなたが今後どうなるかなのである。
他の人は何を言おうと、
あなたの人生の責任をとってくれることはない。
人は、あなたが思うほど、他人のことに関心がない。
あなたが人を嫌うことがあるように、
人もあなたを嫌うこともある。
だから、人に嫌われたからといって、
自信を失う必要はない。
この人生の基本的な事実をしっかり受け入れ、
腹の据わった生き方ができるならば、
生きるのが途端に楽になること請け合いです。